最近放送されているアニメはいろんな種類があると思いますが、今日は、アニメ番組で以前は見なかったけれど、最近多いように思う「転生」ものと、根強くある主人公一人が圧倒的にモテるものについて、ちょっと考えてみたいです。もちろん異論は認めます。塾を20年以上やってきて、毎年一定数のアニメ好きの生徒がいます。彼ら彼女らを見ていて思うのが、中学高校での勉強以外のこと、特に恋愛への満足のいく日々へのあきらめです。もちろん異論は認めますので、お忘れなく。Tという男の子が言っていたセリフは忘れられません。学校に好きな子はいないのと聞くと、「いるけど、俺はふさわしくないと思う。○○ならつり合いが取れてるんだよね。だから、おれは2人が付き合うのを支えたい。」というようなことを言ったのです。その子にとって一番にならなくていい、2番手3番手でいい???確かめもしないで???自慢ではありませんが、私は好きになったら一直線、好きになった女の子には自分の思いを伝え、何度も砕け散りました。思い返すだけで笑えてきますが、好きな子ができると、何とかしてお近づきになりたいと、あれやこれや作戦を練り、話のネタを仕入れ、笑わせたり感心してもらおうと努力しまくりました。おかげで勉強ができるようになりましたし、本を読むようになりました。好きな人と話したい、好きな人と一緒に帰りたい、そんな思いを実現させるためにがんばる。突撃し、敗れる。おかげで中学高校時代は、苦みや悲しみと爆笑のスパイスが効いている輝ける思い出になりました。おっと、話がずれないようにしないと…。

あれやこれやありまして、あるときからある種のアニメを見ていると、若いころ、特に10代にやり残したことがある、不完全燃焼だったと考えている大人が多いのではないか、勉強を優先し、本当はもっと友だちと遊びたかったのを必要以上に我慢してしまって、大人になり後悔している大人が多いのではないかと思うようになりました。勉強をやってやってやりまくったけれど、望んでいたような人生はやってこなかった。だから過去にやりたかったこと、起きてほしかったことを描き、自分が友だちに言ってしまった情けない一言を、アニメの2番手3番手キャラにしゃべらせ、過去を取り返そうとしているのではないか。だから、転生や主人公一人勝ちアニメは、あきらめつつある子どもたちにウケるのかなと思うようになりました。もちろん異論は…。失恋や恋の成就(もうこんな言い方はしないですかね…)、大けが、大失敗、奇跡的な成功、あれやこれや、自分が動かないとどれも味わえません。まあ何があっても、今日は自分らしい一日だったな、そんなことが寝る前に言える一日がいい。たまにショットバーへ出かけ、名前も知らないバーテンダーに、自分以外の他人にはどうでもいいようなことを、自分の好きなお酒を飲みながら、静かで仄かな笑顔で話すのは楽しい。今日もいい一日でした。


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