昨日紹介したシマジさんの本に、何度か出てくる「メメントモリ」という言葉。(人は)死ぬことを忘れるな、とか、死を想え、という意味です。生きているときに、死を想うというのは多くの人がやっていないことだと思います。ですが、明日死ぬ、来週死ぬ、来月死ぬ、そんなことが分かっていたら、どんな気持ちになるでしょうか。もし考えてみたい人がいらっしゃいましたら、「明日死ぬ幸福の王子(飲茶著)」がおすすめです。ぜひ読んでみてください。死を想うと同時に、行動が変わると思います。そして人間はいつか死ぬのだと思ったら、だからこそ「カペル ディエム」今日という日を愉しめ、ということでいいように思います。愉しむという言葉は、人により解釈が異なると思いますが、心からやりたいと思っていることを全力でやる、と私は思っています。そんなわけで、今日も道場に来てくれている生徒たちと一緒に勉強をしていきますし、こうやって文章を書いてもいます。
「メメントモリ」「カペル ディエム」これらが同居している心の内部は、シュレディンガーの猫の思考実験と似ているように思います。量子力学の奇妙さを説明するために考案された思考実験で、これまでのコンピューターでは0か1だったのが、量子の世界では0と1が同居していることを説明してくれます。詳しい説明はネットで検索してください。生と死が同居している時、人はものすごい力を発揮できるように思います。今ある幸せを限りあるものと本気で思えたら、目の前にいる大切な人たちともう会えなくなる時が来る、そんな思いと、今日を愉しもうという気持ちが合わさる。これはすごいことのように思います。中には明日死ぬならがんばったって意味ないという意見もあるかもしれません。そんな方へ、私の敬愛する開高文豪の家にある言葉を送ります。

そんなわけで、今日も明日のために、今できることをやっていこう。そう思いました。シマジさんありがとうございます。そして、この本を読む機会をくれた、事務長に感謝いたします。


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