19日と20日は神理教の大祭です。ここ数年、お祭りの時にお手伝いをやっています。4月と10月に行われる大祭。参加者の平均年齢は60歳を超えていると思います。このお祭り自体に学園関係者の人たちが関心が低いというのがすごくもったいないと思っています。神理教の人でなければあまり楽しめないような祭りであるとは思いますが…。全国から総本山である、この徳力へやってくるのですが、その方々が宿泊する場所、それが道場が入っている建物、明星会館になります。
私は大祭の時、この明星会館で、管理人のようなお手伝いをさせてもらっています。本日風呂掃除をしていました。浴室へ入ると、洗面器と椅子はきれいに整頓されていて、とてもきれいでした。布団はレンタルの布団ですが、最終日の今日の朝、ほとんどの方がエレベーター近くにきれいに置いてくれています。そういえば19日の夜にいらっしゃった方はご自宅でとれたじゃがいもを段ボールに入れて持ってきていました。「お供え物として」と笑顔でおっしゃっていました。昼ご飯として出しているいなり寿司は原価率などを気にしていないからだと思いますが、とてもおいしく大人気です。
このお祭りの中で起きていることを見ていると、現代社会には合わないと思いますが、効率化よりは他を思う心だったり、自らを律する気持ちや、理屈よりは心を大切にしていると感じる部分がいくつもありました。自分のことを優先するというのは、大切なのことなのかもしれませんが、日本の人たちが海外から称賛されている「おもてなし」の心は、古来より日本人がやってきた自分以外の誰かに対しての思いがあったからだと思います。みなさんも何の見返りもなかったけれど、人のために何かをやって、なんだかうれしい気持ちになったことがあるのではないでしょうか。そういえば、数年前のこと、びっくり市の駐車場でのことを思い出しました。年配の方が溝に落ちてはまり込んでいました。友だちと2人で救出し、年配の方は無事でしたが、助けた私たちの靴は溝の泥でひどく汚れてしました。私の車の足置きの部分が泥まみれになったので、洗車場で2人の足とマットを洗ったのでした。なんだか笑えてきて、こういうのもいいねと言ったのを覚えてます。残り数時間となりましたが、年配の方々の立ち居振る舞いから、何か学び取っていこうと思います。


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