今日は55回目の誕生日でした。いろいろありましたが、周りの方々のおかげで、これまで出会っていただいた方々のおかげで、そして何より両親をはじめとするご先祖様方のおかげで、楽しい人生を送ることができています。
私が生まれた1970年2月12日の日本では、シャープが10万円を切る電卓を発売したといいます。当時の大卒者の初任給は、平均で約4万円程度だったようです。これは現在の物価水準を考えると、現在では15万円程度であったようです。最近は22~23万くらいにはなっているのでしょうから、当時の初任給は現在よりは低かったようですね。話を戻しますと、4万円くらいの月給に対し、電卓は10万円。これでも「安くなった!」と言われていたようです。現在であれば50万円くらいはすることになります。100均でも売っている電卓が、給料の2.5か月分。なかなか驚かされました。
以前松下幸之助さんの水道哲学の時に書きましたが、これが技術の進歩がもたらす素晴らしいものといえそうです。一部の人しか使えなかったものが、だれでも手に入れることができるようになっていった。とても素晴らしいことだと思いました。
給与面では、1969年は月に3万5千円弱だったのが、翌年に4万円になり、1974年には8万円近くまで上昇したようです。5年で2倍。まさに高度経済成長期だったのでしょう。

私が生まれた田川郡川崎町の当時を調べてみました。昭和初期から石炭産業で栄えていましたが、1970年頃にはエネルギー革命の影響で炭鉱の閉山が相次ぎ、どんどん衰退していきます。これは帰省した時の話で書きました。繫栄したものは、いつか衰退する。今の常識にとらわれることなく、変わり続けよう。これからも、ずっと変わり続けよう。そんなことを思いました。


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